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2009年2月

2009年2月28日 (土)

自殺統計の公表

来月から自殺統計が毎月公表される。

98年以降10年連続で」我が国では自殺者が3万人を超えており、最近の景気低迷により自殺者が急増する恐れがあることを受けて、警察庁が公表へ。

交通事故については、警察庁は毎月死傷者数を公表し、昭和40年代の最悪の頃から様々な対策を打ってきて、死者数が減った。数字を公表することで、対策を練る必要性に迫られ、それが実行された結果、交通の安全が向上してきた。

自殺についても、数字の公表は遅きに失した感があるが、これにより、各府県、各市町村、自殺対策への取組が本格化していく、と思う。

自殺、不幸な響だ。人々の話題なるときは、「ここだけの話だけど、あの家の・・・さんは、・・・の理由で・・・・だそうだ」。こんな表現のひそひそ話になってしまう。

そうではなく、苦しみ、つらさを周囲の人達と分かち合う工夫を重ねることで、幸せとはいえない生き方を選択してしまう人々が少しでも減る社会に、私も微力ながら貢献したい。

こういう数字こそ、」公表されるべきだ。

2009年2月22日 (日)

公民館のクラブ発表会

泉佐野市内の3つの公民館のクラブ発表会へ行ってきた。

中には、毎日公民館のクラブのはしごをして、人生を謳歌している人もいた。みんな楽しげにニコニコ作品の成り立ちを教えて下さる。

手を動かし、頭を使い、隣の人とおしゃべりする。素敵な時間の使い方だ。

私の友人のお母さんは50を越えてから習字を始め、今は小中学生を教えている。私の祖父は80を越えてから、絵を習い始めた。「楽しむ」ということが、生きていく上で、いかに大切なことか。

日程が重なり行けなかった認知症のシンポジウムの報告を、明日インターン生から受けることになっている。認知症は、がんと並んで、超高齢化が進んでいく時代に不可避的だからこそ、予防法、対処法の理解を深めなければならない。

楽しくいきるコツを、自分なりに発見できれば、がんも認知症もそれほど怖くないのかもしれない。

2009年2月20日 (金)

泣いて馬謖を斬る

泣いて馬謖を斬る。http://gogen-allguide.com/na/naitebasyokuwokiru.html

中学時代に、三国志を読んで覚えた言葉です。

中川大臣のあの会見後、麻生総理の対応が後手に回ったことをマスコミに批判された際に、使われました。

要は、大きな仕事の処罰には私情をはさむな、ということです。「しがらみ」を絶つ、というのでしょうか。

実際の現場では、本当にこういう決断は難しい、と私は思います。信頼できる人ほど、付き合いが長く、気心がわかっている。本人同士は「水魚の交わり」と思い込んでますから。

でも、斬ることができれば、両人とも傷口は浅かっただろうなあ。

しかし、政治が、人の感情を汲み取った上でなされ、感情と感情がぶつかりあう利害調整の場である以上、感情の変わり目を読み取る力を、もっとトップは身につける必要がありますね。今日の教訓。

2009年2月17日 (火)

農業の担い手と福祉の担い手

農業に新規にチャレンジしてみたい、という人がいる。

福祉に生甲斐を感じ、自分の利益なんか頭になく、頑張ってみよう、という人がいる。

お二人とも 背負うリスクをあんまり考えず、チャレンジすることに価値を見出している。その前のめりな姿勢は、フライング気味なんだけど、人間的な魅力を感じる。

少々危なっかそうに映る彼らが生き生きしているのは、生きる方向が定まっているからだ。

ルールというのは、第一義的には競争の公正性を保つためにあるのだろうけど、その中にもチャレンジ精神を生かすルールの変更が、これからの時代求められるのではないか。

前のめりなお二人のご成功をお祈りします。

2009年2月12日 (木)

20年前と今。問屋と議員。

 大学を卒業したのは20年前。いろんなことがあったが、ここまで早かった。

20年前と今、何が変わったか?たくさん変わりすぎたが、

問屋が減った。メーカーと消費者の距離がググッと近づいた。

議員も減った。議員は間接民主主義の時代の問屋みたいなものか。そう考えたら、もっと減ってもなんら不自然ではない。減った方が消費者にはわかりやすくて、便利だ。

減ることが必然ならば、議員がまっとうに生き残ってためには、問屋から消費者に近づくか、問屋からメーカーに近づいていくか、どちらかだ。

つまり、専門性を徹底的に高めていくか、その反対に、有権者ニーズを細かく把握していくか。

隣で生まれて2ヶ月の次男が泣きはじめた。

20年後はおそらく今とは違う仕事をしているだろうが、この子達と胸を張って話し合えるように、しっかりと転向していきたい。

2009年2月10日 (火)

視察で得たもの

 今月に入って視察が多い。市内・市外いくつかの行政の現場を見させてもらっている。

それぞれ得るモノは大きいのだが、行政の現場はやはり民間の視点が足りない。行政の視点での評価と民間での視点での評価に、相当開きがある。

8日に事業仕分け(大阪市)の現場を視察して、民間と行政の視点がこれほどまでにも違うのか、と驚かされた平松市長、構想日本の加藤代表もオブザーブされており、非常に有意義な時間でした。 まさに百聞は一見に如かず、だった。

例えば、行政ではよく「啓発」という業務がある。これは、その効果を計りづらい。なぜなら、啓発という言葉には、人の行動を変えることまでを含意しているからだ。

計測しづらい言葉で行政を語るではなく、例えば「啓発」を「コマーシャル」あるいは「宣伝」と読み替えていけば、もっと環境の啓発や人権の啓発を実効性あるものにできるのではないか。私は、ものさしを換えていくことで、より行政が市民目線に近づいていくと思う。

今日の視察先は本市の人権文化センター3館。なんと19人の市会議員が、指定管理者制度になって1年目後半の運営状況を視察した。

ある市職員が率直に言った。

「私達が直接運営していた頃よりはるかにクラブが充実し、来館者が増えています。」と。

来館者数に目標値を設け、それを目指そうという試みが、成功しつつあるようにも見える。

しかし、指定管理者も、工夫次第で民間の利益に相当する価値をもっともっと生み出していけるだろう。

遠慮なく民間の視点を導入していくべきだ。

2009年2月 8日 (日)

環境について

建設経済委員会で週末に視察で鹿児島へ。

まず、鹿児島市の環境未来館に行く。昨年秋に開館した環境関連の学習施設だが、帰り際に環境家計簿をいただいた。

環境家計簿は、例えばテレビを見る時間を1日1時間減らせば年間CO2を3000t以上削減できる、とか個人がそれぞれの生活場面において環境に与える負荷を自ら把握しましょう、というもの。

物事を単純化して考えたところ、環境に負荷を与えない生き方というのは、2点に集約される。

ひとつ、家族が一つの屋根に暮らす。しかもできるだけ少ない部屋数で暮らす。別れて住むよりも、電気・水道あらゆるコストを減らせます。

ふたつ、車を控える。他の交通機関を使う。

もう1点付け加えるなら、ゴミは分別する。

つまり、あんまり行政が難しい取組をする以前に、生きるパターンを見直すこと、なのかな。

特に、家族仲良くすること、これが最も重要な環境政策、と市会議員が言ってしまったら笑われてしまうだろうか。

2009年2月 4日 (水)

足し算引き算ができること

足し算引き算ができるということは、実に幸せなことだ。

これらができるということは、まず、算数を教えてくれる人がいる、ということ。

その子の進歩の具合に関心を持ってくれる人がいるということ。

できるようになったことを、認めてくれる人がいる、ということ。

机に向かう時間が24時間のうちにほんの少しでも存在するということ。

このような揃っていて当たり前の環境から、悲しいかな縁遠い子どもたちが多数いる。

教室に入れない子どもたち。彼らの心の風景はどんなものなのだろうか?

教室に入れない子たちを減らしていくには、学校の努力だけでは到底無理がある。

家庭というなかなか外からは見えづらい密室に光を当て、視界良好なものなるよう、行政がうまくお手伝いすることが、教室に入れない子どもたちを教室に向かわせる鍵となるけど、どうしたらいいのか。

今日は二つの中学校に行ったが、気分は雨のち晴れでした。

2009年2月 3日 (火)

久々なこと

久々に友人A氏が事務所に遊びに来て、しばらくぶりに話をした。今後もいろいろ教えていただこう。

久々に、市長と懇談した。連絡橋について。昨年以来の様々な要望活動、議会での動きが実をつけようとしている。関空に関しては、市長の笑顔は本当に久しぶり。

久々に、支持者に自分の行動をきつく叱られた。どの段階で的をはずしたのか?自分の間違いとは思えないけど、ボタンの掛け違いがあった。まあ、行動した結果だからね。

久々の詩吟。1時間ほどでしたが、2ヶ月ぶりで実に気持が良かった。

しばらくぶりな事が続くと、果たして その間 自分はどれだけ成長したのか、と思う。何はともあれ、笑顔の多い一日だった。

地味だけど、せわしない1日でした。

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