我が子虐待・西淀川と小野
大阪の西淀川、兵庫の小野の我が子虐待。痛ましい。どちらの親も、我が子の死に至るまで止めることが出来なかった。
止めたくても止めれない、誰かに止めて欲しい、これが我が子虐待の本質、といろんな事件報道を見ていて思う。詳細はこれから少しづつあきらかになるだろうが、私なりに注意点をメモしておく。
西淀川の件では、①再婚②共に連れ子あり。このような家庭環境が特徴。離婚が増加する社会では、①②共に含む家庭が今後さらに増える。この事件では、担任の先生が虐待の兆候を把握しながら、子ども家庭センターにつなぐことをしなかった。小学校全体として、改正児童虐待防止法の重要点を理解していなかった。
虐待を発見したら、通報するのではない。虐待の可能性を感じたら通報義務が生じる。
特に、①②両方が重なる子ども達の場合は、学校現場はしっかりと親子関係を観察しておく必要があろう。さらに、
③引越し・転校④親の職業が変わったばかり。
このような家庭環境の変化が重なった子ども達の場合、親の社会的ストレスの発散対象とされてしまう可能性が生じる。経済不況が進み、雇用情勢が悪化すると、③④のケースは増えていく。
当然、担任の先生だけで対応できるわけがなく、虐待の兆候を見つけ次第、素早く関係機関につないで、その家庭をフォローすることだ。虐待が起こっていても、当事者たる親は、止めたくて止めたくてしょうがないけど、自力ではなかなか止めれないのだから。救いを求めているのは、親子両方なのだ。
子を死に至らせた親に弁解の余地はないだろうし、同情すべきでもない。ただ、加害者である親も、過去に子への愛情は持っていた、と信じたい。しかし、人生のどこかの場面で、急激な関境の変化に「心」がついていかず、その「愛」情が、急に変質してしまったのだ。
橋下知事は、事件の重要性について、認識を深めてくれており、必要なら人員を増す、という主旨の発言をしてくれているのは大変ありがたい。当たり前やけど、さすが。
小野市の事件は、夫妻間の暴力が明確に絡んでいたケース。新聞によると、「夫の暴力に逆らえず、夫がいない時に自首した。」と妻。子どもが可愛ければ未然に止めれたハズ。何が本当なのだろうか。
子どもの安心、安全が家庭内で奪われるのは、本当に悲しい。
犠牲者が出る前に、このような家族を上手に解体し、可能性があるならば、その家族を再構築していくことが、平成20年代の社会的な課題。


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