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2009年7月

2009年7月29日 (水)

重心

 先日、子どもたちと一緒にトランポリンをする機会に恵まれた。インストラクターから、「なかなか上手ですね、何か今までスポーツをしていたのですか?」と声をかけていただき、爽快な一日になりました。

トランポリンは全くの初めてで予備知識もゼロ。しかし、素人なりに、身体の重心と左右前後のバランスにだけは、気をつけた。

未体験のことを初めて行う場合、多くの人は 少し腰をひきながらリスクを避けて行うことが多いだろう。しかし、腰を引くと重心が不安定になりバランスを崩しやすい。

今の衆議院の選挙状況は、自民党にとって未曾有の苦戦の局面にあり、多くの選挙区で重心が崩れかけているのではないか。もう一度背筋をまっすぐ伸ばし、真正面を向いて重心を整えて、国民の目線を感じるところから再出発しなければいけない。

2009年7月25日 (土)

子ども達の夏休み

幼稚園に通う長女の夏休みは水泳教室で始まった。4歳の息子と一緒に通っている。

私が早めに帰宅した時は、楽しそうに水泳の話をしてくれる。しかし、子どもたちとこの夏も、あんまり時間を共有できそうにない。

ところで、30代、40代の子育て世代の衆議院立候補者の子ども達の夏休みはどんなものなのだろうか?候補者が家庭に不在になるにはしょうがない。戦っているのだから。しかし、候補者の配偶者たる妻(たいていの場合)も、夫の当選のため、選挙区に投入されるのは、日本の選挙文化においては避けられないことが多い。となると、候補者の子ども達は、祖父母や親戚、あるいは同世代の友人の支援なしでは、この選挙期間中の夏休みは乗り切れない。

小・中学生ならまだまし。子どもが乳幼児なら、その子にとってどんな夏になるのか?

まあ、こんなことで頭を悩ます人は、国政を目指さないのかもしれない。国政に参加しようとする者にはベビーシッターなり他人にスパッと我が子を任せきる才能が必要なのだろう。

本当に余計なおせっかいだけど、全国の立候補者のお子さん達が、親の当選落選にかかわらず、健康にこの夏を乗り切ってくれることをお祈りします。

とはいえ、親の当選落選が子ども達の人生にも多大な影響を及ぼす。当選したとしても、子どもにとって、良い影響の方がはるかに少ないと思うけど、なによりも健康にこの夏を乗り切って欲しいなあ~

2009年7月22日 (水)

議会運営委員会での小さな一歩

衆議院の解散前の本日の朝は、6月議会末に会派を組んでから初の議会運営委員会でした。私にとっては、約1年2ヶ月ぶりの議会運営委員会でしたが、いくつかの私たちの会派の提案が取り入れられることになり、ホッとしています。

9月に行われる日曜議会の活性化、病院問題委員会が特設委員会から特別委員会に格上げされることに伴う議事録の作成。

この2点は、衆議院の解散、天下分け目の決戦のスケールの大きさと比べると、極めて微小なことですが、市議会を開かれた身近なものにしていくためには、小さいけれども必要な一歩と考えます。

議長、議運委員長や他会派の幹事長の皆さんに感謝します。

2009年7月19日 (日)

受験戦争

 受験生は、この夏、みな必死に戦っている。

ある受験生と、ある塾長の懇談に同席させていただいた。本人も親も塾長も、皆必死。

受験結果に人生の全てが左右されるわけではない。もっと広く子どもたちの将来の可能性を考えよう、そう考えたいけど、今、受験戦争に直面する人たちには、目前の数学・英語対策の方が大きな問題だ。

夏に基礎力を蓄え、秋以降本格的に志望校対策を立てなければいけない。

それぞれの関係者のご健闘を祈りますが、受験の現場にいざ入ると、最初から小中学校の教育に期待していない人があきれるほど多い!そして高校は大学受験のための止まり木にすぎない。

 市議会では小中学校の予算、府議会では高校の予算、と教育予算面では棲み分けされているが、子どもたちの将来を一貫して考えていくためには、各自治体において市議、府議が上下の関係なく共に学び合う場所が必要なのではないか、と思った一日。

2009年7月17日 (金)

実現力

地方分権から地域主権へ、とよく言われる。

つまり、「地域のことは、国からしっかりお金をもらって住み良いわが町をつくりましょう」から「地域のことは、そこに住む人が問題解決します。ただし、自分達のお金で実現が難しいなら、国に支援を求めましょう」へ。

「国に依存する地方」から「地方の独立精神を保ちながら、国には地域の良きサポーターになってもらう」というように、

国のかたちを変えていくことが出来るのか?

泉佐野市を含む泉州地域は、大阪府内では「北高南低」「都会内僻地」と揶揄されており、自治体の財政基盤は脆弱で、大阪北部よりも国に財政的に依存せざるをえない現実がある。

一方で、だんじり・盆踊りをはじめとして、地域コミュニティーを紡ぎあげる可能性の高い自治会主体の行事が、府内北部よりも多く存在する。その点で、地域が地域らしさを保ちながら課題解決に取組んでいく土壌が、北部よりも存在すると思う。

 地域主権を実現するには、そこにいる市会議員・町会議員が変わっていかなければならない。もっと住民に近づいていかねばならない、と

先日の橋下知事との懇談、昨日のヒューキャツクの染川氏のお話、今夜の健四郎代議士の国会報告を聞いて、改めて思います。

ただし、住民に近づく、という意味は「積極的に葬式に参列する」ことは意味していません。 

泉佐野の場合、住民力は実は非常に高いんだけど、地元議員がええ仕事をしていないから、元気がなくなっている、そう考えて何事も頑張ってみよう。

2009年7月16日 (木)

奈良市長選と都議選

先週は、奈良市内と東京都内に足を運び、奈良市長選と東京都議選の空気を感じた。

奈良市長選が始まってまもない月曜日。すでに自民系の敗色を感じた。民主系陣営の選挙違反が濃厚な立看板などがいくつも放置されていたのは、自民系陣営の統率のなさの現れ。

火曜、水曜。目前の都議選では大敗するだろう、と評論家的に予測する自民の国会関係者達を多く見た。しかし、濃厚な敗色の前で、評論家的な彼らの足はすくんだままで汗の臭いはしなかった。

そして、今週。麻生総理の解散予約と自民党内の反麻生の動き。さらに混迷が深まっている。

国会の動きは、どれもこれもせいぜい1年先しか見据えられていない。日本のビジョンを描けていない。

とにかく自民全体の敗色の上に大胆に明るい色を塗りたくっていけるよう、いろいろ考えて行動していこうと思う。

2009年7月12日 (日)

ドクターの執念

①13:50 子ども達のおもちゃを修理することを通じて、モノの大切さを子ども達に理解してもらおう、そんな団体のトイズエイド(おもちゃの病院)が、本日初めて泉佐野市内で開催されました。開催までのお手伝いをさせていただいた身として、修理の現場を見るまで少し緊張しましたが、知っている何人かのドクター(おもちゃのお医者さん)汗だくになっておもちゃと格闘する姿をみて、修理された自分のおもちゃで遊ぶ子ども達の笑顔を確信することが出来ました。

②16:00 りんくう総合医療センターの大前政利先生のご講演を聞かせていただきました。

「決してあきらめない!」がん治療に臨む考え、迫力に 多くの方々は胸を打たれていました。回収されたアンケートの自由意見では、「ドクターの姿勢に感動した!」そんな感想が最も多かったのです。

執念が心をプラスに動かします。

68万人といわれる国内のがん難民。治療法が見つからない、といわれている方々に大しても、ドクターがあきらめなければ、患者もあきらめない。その逆もあります。

あきらめずに、方法探し続ければ、また生活に笑顔を取り戻せる!そう強く感じた一日でした。

2009年7月10日 (金)

夏の官僚

南大阪振興促進議員連盟で、松浪健四郎代議士の多大な尽力もあって中央省庁へ陳情に行きました。総選挙が近い、ということで例年よりも半月程早目の要望活動でした。

それにしても、たいていの官僚はいろんな質問に即座に答弁することができます。その内容が前向きかどうかはともかくとして、引き出しの多さは驚異です。なんというのでしょうか、自分の仕事の足跡が脳味噌に刻み込まれている、という頭の良さ、です。

 お会いした多くの官僚のうち、国土交通省の技監、厚生労働省の局長、経済産業省の局長は、いずれもまもなく人事異動だったので、地元の要望に対して、「現在の感想」を述べたに留まる話が多かった気がします。しかし、そのなかでも、特に病院経営の一部や地元の産業振興については、前向きさを感じました。

一番の収穫は、本市の命綱のひとつである関空についての、国交省のある局長のお答え。関空に関しては、さらに地元の要望を財務、総務、国土交通など各省庁にわたってしっかり聞いていただかねばなりません。

 一日のうちで、これだけ多くの局長・課長と話させていただく機会はめったにありません。改めて健四郎代議士の当選3回のキャリアの重みを感じました。

 夏の官僚と接して思ったこと。

これからは、国も地方も、ダイナミックに政治が変わる時代に突入します。そのなかで政治家に必要な資質は、孤独に耐えて決断できる力、負けを覚悟で衝突する力。そして、何が起きても楽観的に将来を描こうとする創造力、過去の成功体験を捨てる勇気・・・・。

特に、「負けること」を恐れる必要はないですね、本当に。変化のスピードがこれからますます早まり、誰も変化の切っ先を見切ることはできません。だからこそ、思い切って失敗を恐れず行動した者が、生き残る資格を持つのです。変化の嵐が過ぎ去るのをじーっと待つタイプの政治家には厳しい時代になる、と思います。

同時に役人の皆さんにも、このような思いをで仕事をしていただかないと日本の混乱は尾をひいていきそうな気がします。

2009年7月 7日 (火)

みんなの代弁者になれ

 最近訪問が滞っている支持者宅を何軒も回って、気がつくと、夜9時を過ぎていた。

「これはさすが非常識や、そろそろ帰らねば」と思っていたら、最近の国会の政局をつぶさに把握しているパジャマ姿のKさんが、 「やっぱり みんなの代弁者になってくれよ」と今日最後の一言。

最後は、政治家はその言葉の実践に還っていく。自分らしくがんばろう!

先日書いたように、「昼の住人になろう」と思いましたが、又今日も帰宅が遅くなってしまった。これから、子どもたちの寝顔を見にいきます。

2009年7月 5日 (日)

国政報告会 in泉佐野

松浪健四郎代議士の国政報告会が、泉佐野市内で行われた。

6月議会の合間に、多くの皆さんにお越しいただくようお願いしていましたが、日曜日の夜、本当にご来場ありがとうございました。

 96年の初当選当初から熱心に応援してくださっているご夫婦と一瞬の握手。多くの人たちとあいさつしましたが、この一瞬の握手が今夜、最も印象に残っています。

何があっても応援するよ、というそのメッセージは、逆に、責任を果さなければならない、という背筋の張りを、私に与えてくれました。ありがとうございます。

昼の世界の住人になろう

夜回り先生こと、水谷修先生が金曜日に市内でご講演された。人間という動物は、昼の世界の住人で、人間の幸せは、昼の世界にしかない、と。夜の世界はウソだらけ、と。

 それが真実とするならば、①今の官僚中心の中央集権体制(形だけの地方分権)というのは、彼らが夜の残業中に出されたアイデアを中核に作られたもので、②その掌の上に乗っかってる国会議員が偉そうにしている構図は、東京の夜の会議や座談や懇談でつくられたものであり、③お昼にしっかり汗を流して現実と格闘している人々の心情が投影されていない。

 せめて夜8時頃に大方8割位の国民が、家に帰って家族一緒に時間を過ごすならば、世の中の重大な意思決定は、お日様が明るいうちになされることになり、まあまあ上出来な日本という国が形作られていくのではないか。

百ます計算の陰山先生の言葉もヒントにして、自分なりに考えをまとめると、

近年の日本の秩序・しつけ・美徳の崩壊の予兆は、夜型社会の到来(テレビの家庭内での主役化、コンビニの進出、家庭内の個室化・・・・)とともに始まり、インターネットが夜型社会の定着を決定づけた。

きれい事を言えば、健康で快活な人生を営むためには、残業せずに仕事を済ませ、ササッと家に帰る。人付き合いは、時間を区切って限定的に効果的に出来るだけ日中に出来るように工夫する。

これらのことを実行しようと思えば、あいつはひとづきあいが悪い、協調性がない、などと陰口を言われるでしょうが、めげずに実行をつづけることが大事と思います。家族の幸せが前提にあってこその会社の繁栄、社会の繁栄があるのですから。

2009年7月 2日 (木)

人事

舛添厚生労働大臣が医政局長http://lohasmedical.jp/news/2009/06/26131442.phpの人事を即断即決した人事。伝統的に医系技官が着くはずの医政局長ポストに文系キャリアを配した、という内容。医系技官の前医政局長は他の局長に横滑り。

前医政局長には、2年前の副議長時代に松浪健四郎大臣に同行していただき、市の要望を伝えたことがあったので、このニュースが眼に留まった。

 このような従来の保守的な人事慣行に従わない人事は、舛添氏が長期にわたり大臣を務めているからこそできた人事、と評価は高いようだ。

私も含めて、今の市議会議員が総じて弱いのは人事だろう。幹部職員がどのようなキャリアを積んでいるのか把握している議員は、ベテランの職員出身議員を除いて非常に少ない、と思う。おいおい、このようなことも学んでいきたい。

3月、6月の議会での質問すり合わせにおいて、一部の幹部職員には、過去の自分の職歴・職務内容にとらわれすぎて、創造性を失ってしまっているのではないか、と思わざるをえない場面に接した。彼らの創造性を失わせているのが過去のポスト、だとすればそのことを頭に入れておいても、損はしない。

議員も職員も、専門性は磨かねばならないが、変化の激しい時代、過去に汗を流した古き良き思い出を思い切って捨てる気持を持って、眼前の仕事に向かわねばならないことも必要な時がある。

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